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大阪高等裁判所 昭和50年(行ス)2号 決定

抗告人 長田たまゑ

相手方 厚生大臣 ほか一名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告の趣旨および理由は、別紙記載のとおりである。

二  当裁判所も相手方の本件移送の申立を理由があるものと判断するが、その理由は、次に付加するほかは、原決定理由記載の判断説示と同一であるから、これを引用する。

本件の調査義務確認訴訟に取消訴訟の管轄に関する行政事件訴訟法一二条三項の適用があるかどうかの点はしばらくおくとしても、同条項の「事案の処理に当たつた」というためには、当該行政処分の成立に関与したことを要するのであつて、単に処分庁の依頼によつて資料の収集を補助した程度ではこれに該当しないものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、未帰還者留守家族等援護法三四条によれば、この法律の施行に関する厚生大臣の権限に属する事務を都道府県知事に委任することができるが、同法二九条所定の調査究明等の事務が国から兵庫県知事に委任された事実のないことは抗告人の自認するところであり、また、本件記録によつても、未帰還者である抗告人の長男・長田堅憲のニユーギニアにおける現地調査に関する厚生省との連絡について、抗告人の交渉した相手方が兵庫県民生部援護課であつたことを認めうるにとどまるものである。したがつて、この点からみても、兵庫県民生部援護課が行政事件訴訟法一二条三項の「事案の処理に当つた」ものとまで認めることは困難である。そうだとすれば、同条項により本件訴訟について原裁判所の管轄を認めることはできない。

よつて、東京地方裁判所に移送を命じた原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用を抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 増田幸次郎 三井喜彦 福永政彦)

抗告の趣旨

一 原決定を取消す。

二 相手方の移送の申立を却下する。

との裁判を求める。

抗告の理由

一 原決定は、兵庫県民生局援護課は兵庫県の機関にすぎず、被告らの下級行政機関とは認められないと判断した。

しかし、例えば、未帰還者留守家族等援護法第三四条により、厚生大臣が都道府県知事に事務を委任した時は(現に留守家族手当、遺骨引取費用等の支給は都道府県がその事務を行つている)その命をうけて事務を処理する下級行政機関と解さるべきであり、又、正式の委任という形はとつていないが、一般的な要請として留守家族に出来るだけの便宜を与えるようにとの指示がなきれている。これによつて、甲第三乃至四号証の事務処理がなされ、現地の留守家族と本省(厚生省)との連絡機関となつているのが実情である。

二 行政事件訴訟法は、国家の不当なる公権力の行使に対する国民の救済手続規定であり、その解釈にあたつても国民の利益の立場に立つて解釈されねばならぬ。

したがつて、同法第一二条の管轄の規定も国民の便宜を考えて定めた規定であるから、出来るだけ之を国民の利益になるようにゆるやかに解し、本件についても前述の一記載の理由により管轄権ありと判断すべきである。ことに本件における原告は老齢である。再三の上京は困難である。被告らはいつでも出張して来れるし、神戸で裁判が行れるといつて特に不利益はない。

【参考】第一審決定(神戸地裁 昭和四九年(行ウ)第三一号、昭和五〇年二月二〇日決定)

主文

本件訴訟を東京地方裁判所へ移送する。

理由

原告は「厚生省の出先機関である兵庫県民生局援護課は今日までしばしば原告が本件に関し交渉した相手方である」として本訴を当裁判所に提訴したものであるところ、被告らは主文同旨の決定を求め、その理由として別紙Iのとおり述べ、これに対し原告は別紙IIのとおり述べた。

そこで按ずるに、本件訴訟に行政事件訴訟法一二条三項の準用ありとするも、兵庫県民生局援護課は地方公共団体たる兵庫県の機関にすぎず、被告らの下級行政機関とは認められないからその余の点につき判断するまでもなく、前記条項により当裁判所に管轄ありとすることはできない。

よつて、本件訴訟は被告らの所在地を管轄する東京地方裁判所に移送することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法三〇条一項により主文のとおり決定する。

(裁判官 乾達彦 武田多喜子 宗宮英俊)

別紙I

申立の理由

原告は、本件訴訟において、被告厚生大臣または国に対し、ニユーギニアにおける現地調査義務の確認を求めているが、かかる訴訟の当否はさておき、被告が原生大臣または国のいずれであつても本件訴訟の管轄裁判所は東京地方裁判所であり、神戸地方裁判所の管轄には属しない。

けだし、訴状によれば原告はかかる調査義務確認訴訟をもつて抗告訴訟の一形態であるかの如く主張しているが、はたしてそう言えるのかは大いに疑問であるうえ、かりに無名抗告訴訟の一形態であるとみても、本件訴訟は単なる義務の確認を求めているにすぎず、すでになされた行政庁の処分の取消を求めているのではないので取消訴訟の管轄に関する規定である行政事件訴訟法一二条三項を適用する余地がない。

そもそも行政事件訴訟法一二条三項の趣旨は、行政処分の中には処分権者が直接自ら調査をなし判断を下すというのではなく、その下級行政機関が調査して意見を具申し、そして最終的に処分権者が処分を下すという場合があるので、このような場合には、その下級行政機関に調査資料が整つており、関係人も多数存在するところから裁判の便宜のためその下級行政機関の所在地の裁判所にも管轄権を認めたものである。したがつて同条項の「事案の処理に当たつた」というのも、その処分の成立に関与したことをいい、単に処分庁の依頼によつて資料の収集を補助した程度ではこれに該当しない(杉本良吉著「行政事件訴訟法の解説」四九頁参照)。

原告は訴状において、「厚生省の出先機関である兵庫県民生局援護課は今日までしばしば原告が本件に関し交渉した相手方であるので」神戸地方裁判所に管轄権があるとするもののようである。然し、兵庫県民生部援護課(以下「援護課」という。)としては原告が援護課に来庁し厚生省に連絡をとられたい旨要求するので援護課において原告のために便宜をはかり厚生省に連絡をとつたことがあるだけのことであつて、これをもつて行政事件訴訟法一二条三項にいう「事案の処理に当たつた」とはとうていいえないし、また、もともと援護課は県の機関であつて厚生省の出先機関ではないうえ、国は未帰還者留守家族等援護法二九条の事務に援護課を委任していないから、そもそも事案の処理に当たつた「下級行政機関」でもない。

よつて、いずれの点からみても神戸地方裁判所には管轄権がなく本件訴訟は東京地方裁判所へ移送されるべきである。

別紙II

一 被告の管轄違による移送申立について

(一) 無名抗告訴訟の一種である義務づけ訴訟は、学説上、判例上とも認められており、行政事件訴訟法一二条は準用される。

(二) 右一二条にいう「事案の処理にあたつた」というのは、厚生省が正式に委任したというのでなくとも、事実上厚生省よりの指示をうけて県庁民生部が原告に伝達をし、原告も右民生部を通じて厚生省と種々交渉をもつた事実がある以上、事案の処理にあたつたと言える。甲第三、四号証はいずれも右事実を裏付ける証拠である。

二 モロタイ島における中村氏の帰還により益々未帰還者の現地調査の急務であることは国民全部が考えていることである。そして、それは未帰還者の年令を考え、ここ二、三年内に行わなければならないことも誰しも考えていることである。又、原告は老齢であり、再三上京することも出来ない。

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